ユーイング肉腫

ユーイング肉腫について、原典を通して知るためのブログ

幻の腫瘍?

ユーイング肉腫は存在しない?

1933年、メルボルン、オーストラリア、ColvilleとDr. Willisによる共著です。"NEUROBLASTOMA METASTASES IN BONES, WITH A CRITISISM OF EWING`S ENDOTHELIOMA"(神経芽腫の骨転移、ユーイングの内皮腫への批判)。この論文、かなり批判的な切り口で記述されており、文面から、憤った筆者の顔が浮かんでくるようです。

冒頭で、Dr. Ewingらの記述による、ユーイング肉腫の特徴がまとめられています、

通常、子供で見られる。手足の短骨、または長骨に生ずる。病気の徴候は、痛みと気力低下、後に患部の腫脹。断続して軽度の発熱が起きることが、ままある。骨髄炎と誤診断されることが多い。組織学的には、大きさ、形態が均一な小型円形細胞が凝集しており、特徴的な構造が見られないため、組織学単独では診断することができない。腫瘍は放射線に高感受性であり、X線照射により腫瘍を縮小または消失させることができる。この放射線高感受性という特徴があれば、ユーイング肉腫の診断は、ほぼ確定的だと捉えられている。二次的に他の骨の部位、多発性に腫瘍は発生し、腫瘍の転移あるいは多発性腫瘍と見なされる。他の骨腫瘍と異なり、ユーイング肉腫では頻繁にリンパ節転移が見られる。

彼らが報告した症例は、大腿骨に生じたユーイング肉腫と臨床診断された8歳の少女です。上述の様なユーイング肉腫の特徴に合致し、X線治療にも良好に反応したものの、1932年11月29日に逝去。詳細な検死を行った結果、肝臓、肺、腎臓、副腎、ほぼ全ての骨で腫瘍が見られる。組織学的所見については、直径10-12 µmの円形細胞、円形で濃染性の胞状核、核には、時折単一の核小体。多数の分裂像が見られ、腫瘍の大部分では特徴的な配置や構造はないが、一部、右側副腎由来の腫瘍組織では、明瞭なロゼット構造がある。ロゼット構造は、やや不明瞭だが、肝転移腫瘍組織でも見られる。神経繊維は見られず、成熟神経細胞への分化も確認されず。

実は副腎に生じた小さな神経芽腫が、骨への多発性転移を生み出し、その内の一つの転移性腫瘍が大腿骨で増大し、ユーイング肉腫と診断されていたのだ、というのが彼らの主張する所です。

彼らの下した、神経芽腫であるという診断根拠は、ロゼット構造を示す副腎腫瘍は神経芽腫の特徴である、と言う所にあります。腫瘍鑑別に必要な特殊染色法が使えなかったこの時代、肉腫の鑑別は非常に困難であったと想像されます。

最初に臨床徴候が見られたのは下肢であり、実際に腫瘍も大腿骨に生じ腫脹していたので、大腿骨の腫瘍が腫瘍本体だと考えるのが通常です。しかし、彼らは、Hutchisonが既に報告していた、神経芽腫が頭骨に発見され、腫瘍の本体は一見、頭骨にあるように見えたが、実は副腎性神経芽腫であったという症例を根拠に、これを否定しています。つまり、サイズに関わらず、原発性腫瘍はあくまでも副腎にあったという主張です。この論文、共著ではありますが、おそらく主張の大半は、Dr. Willisに依るものと推測されます(彼は7年後にも、今度は単独で、別の症例を基に同じ主張を繰り返します)。

彼らが経験した本症例を基に、かなりの確信を持って、ユーイング肉腫の実在性について疑念を呈しています、

他のユーイング肉腫または内皮腫と主張されていた症例が、我々のものに類似した性質がなかったのかどうか、そして、それら全ての症例において、適切な検死解剖が行われていたのか、この様に問うことは正当である。

Ewingの報告においても、Connor、ColeyとColey、Kolodny、CloptonとWomackにおいても、詳細な検死記述が無く、大多数の症例で、診断が臨床的所見と生検結果のみで行われていることは、失望的である。

Ewingにより明確に言及された、唯一の検死報告は、彼の著作 "Neoplastic Diseases" 361ページにあり、この中で、「後腹膜性、リンパ性転移が発見された」と書かれているのは、おそらく注目に値する(神経芽腫を示唆する所見であるため)。352ページに、「骨の内皮腫の診断は、原発性腫瘍を徹底的に追及しても見つからないと分かるまでは、なされるべきではなく、この追及は、時折、検死解剖なしでは完全だと見なされないかもしれない。」と、Ewingは述べている。我々はこの見方に同意するが、Ewingの言明する後半部を次のように読み替える、「この追及は徹底的な検死解剖なしでは完全だと決して見なされてはならない。」

この一連の主張の中で、Dr. Willisの人間性が垣間見えるようです。

そして結論の中で、彼らは更に主張を強め、ユーイング肉腫は確立された腫瘍本体ではなく、むしろ症候群であり(Ewing syndrome)、ユーイング症候群を示す原発性骨腫瘍の存在可能性は否定しないものの、ユーイング症候群を伴った腫瘍の多くは、副腎性神経芽腫が原発であることが判明するに違いない、とまとめています。

起源が不明という点のみならず、その実在性に疑念が持ち上がる程、ユーイング肉腫の本体について、分からないことばかりだった様です。Dr. Willisによる批判には全くたじたじですが、彼の激しい批判が、ユーイング肉腫の研究を前進させることになるのです。

 

 

H. C. Colville and R. A. Willis

"NEUROBLASTOMA METASTASES IN BONES, WITH A CRITISISM OF EWING`S ENDOTHELIOMA"

The American Journal of Pathology

1933;9;421-430