ユーイング肉腫

ユーイング肉腫について、原典を通して知るためのブログ

ユーイングの肉腫 再考

ユーイング肉腫は存在するが、

Dr. Willisらによって疑わしいとされたユーイング肉腫の実在。彼らの主張によれば、それまでユーイング肉腫と(臨床的に)診断されてきた腫瘍は、実は既に知られている別種の腫瘍が転移したものであり、Dr. Ewingにより提唱された、骨に発生する新しいタイプの肉腫は、腫瘍本体とは言えないのではないか。むしろ腫瘍に付随する症状、つまり「ユーイング症候群」と見なされるべきものであろう、というものでした。

さて、1947年、アメリカ、ニューヨーク。Dr. LichtensteinとDr. Jaffeによる共著です。"EWING'S SARCOMA OF BONE"(骨のユーイングの肉腫)。とてもシンプルなタイトルですが、本論文から、当時の医学界でのユーイング肉腫の受容のされ方、Dr. Willisらの批判がどのように咀嚼され、ユーイング肉腫研究を進展させたのかを垣間見ることができます。また、個人的に感じる所ではありますが、本論文から、とても冷静に問題に取り組んでいる著者らの姿が感じられます。

冒頭では、Dr. Willisのものも含め、ユーイング肉腫を腫瘍本体とみなす事に対する批判的意見(ユーイング肉腫診断の根拠の一つとされるレントゲン像は、果たしてユーイング肉腫に特徴的と言えるのか?剖検による系統的な研究がなされていないので、腫瘍生物学的にユーイング肉腫が、他の腫瘍と異なると言えるのか不明である。)が要約されています。

続いて、ユーイング肉腫の組織像に関し、著者らの知見を基にすると、原発性でも転移性腫瘍でも、Dr. Ewingによる記述よりも、Dr. Oberlingらによる描写の方が、著者らの観察結果に近いと述べ、Dr. Ewingの主張と距離を置いています。

また、ユーイング肉腫の組織起源に関しても、様々な意見が飛び交っていた様子が見て取れます。例えば、Dr. Oberlingの唱える骨髄間葉系支持細胞起源ですが、彼の腫瘍組織の観察結果から、ユーイング肉腫が、血管またはリンパ管内皮細胞にも、血液細胞やリンパ球に分化できる血球芽細胞(現代で言う所の骨髄造血系細胞でしょう)にも分化できると考えていた様です。興味深い所ですが、これに対し、Dr. Ewingは、ユーイング肉腫の腫瘍細胞が分化できても、血管系のみであり、Dr. Oberlingが主張する程、広範な分化機能は有さない、としています。一方、著者らは、自らの観察結果を基にし、Dr. Oberlingの主張する様な、腫瘍細胞の広範な分化機能を確認することができないので、この点は意見が異なるものの、Dr. Oberlingの提示する、原始結合組織、特に骨髄の間葉系支持細胞が、ユーイング肉腫の組織起源であろうと言う意見を支持しています。但し、この意見はもともと、Dr. Stoutが主張していたもののようです。

これまでに発表されてきたユーイング肉腫に関する報告を俯瞰し、「ユーイングの肉腫」の実在性や、当時、活発に議論されていたユーイング肉腫の組織起源を含め、Dr. Ewingによる本腫瘍の組織学的記述までも率直に批判することで、本論文は、Dr. Ewingによる「骨の内皮腫」に関する発表以来、最も大々的なユーイング肉腫研究の再考であると言ってよいでしょう。

さて本論ですが、著者らは、過去20年間でユーイング肉腫と診断された27症例を、冒頭で展開された批判点を念頭に再度精査し、ユーイング肉腫と確定できる(と考えられる)症例の臨床学的記述、レントゲンによる画像所見、組織学的所見が、全症例の特徴を捉える形で詳述されています。注目すべきは、Dr. Willisの批判を受け、詳細な剖検を4件含んでいることです。著者らは、鑑別診断として、肺や消化管、乳がんや精巣上皮がん等、上皮性腫瘍(癌)の可能性を排除した上で、核心部とも言える、Dr. Willisの批判に切り込みます、

交感神経芽細胞腫は、骨転移の傾向が強いのみならず、細胞形態がユーイングの肉腫に類似しており混同しやすいので、ユーイングの肉腫診断の際には、常に排除されなければならない。この点は、Willisにより正しく強調されているが、彼は、ユーイングの肉腫の実在性を完全に拒んでおり、ユーイングの肉腫と疑われる症例を全て、神経芽腫の転移だと解釈している点で誤っている。仮にそう(転移性神経芽腫の可能性がある)だとしても、我々の4例の剖検所見では、副腎には腫瘍の存在や他の異状性は見出されず、我々が個人的に剖検した2例では、副腎周囲や椎骨に沿った交感神経線維まで広範に精査したが、交感神経芽細胞腫の存在は確認できなかった。

 として、Dr. Willisによる、ユーイングの肉腫即ち転移性神経芽腫という主張を明白に覆しています。 

続いて、顕微鏡所見ですが、この中で、ユーイング肉腫診断において、当時、ある「習慣」が流布していたことが分かります、

 「ユーイングの肉腫」と診断を下すことは、骨に生じた不可解な悪性腫瘍に遭遇した際の、単なる逃げ場として、よく使われるようになってきている。ユーイングの肉腫の解剖学的(現代的には病理学的でしょうか)概念が規定されない限り、この診断名はかなり漠然と適用され、何となくよりましな意見として、自動的に採用されるものになってしまうだろう。

このことは、我々の過去20年に渡る、ユーイングの肉腫と題された27症例全ての標本を再調査して痛感された。その中には、組織標本の質が極めて不良で、今ではその標本のみで、ユーイングの肉腫と診断することがためらわれるものもあった。

また、再調査によって、我々が下したユーイングの肉腫という診断が誤りであると明らかになったケースも何例かあった。それらは実際には、骨髄腫、リンパ腫、転移性未分化型上皮性腫瘍、転移性神経芽腫であった。

使用可能な腫瘍組織の質が不良、または量が不足である症例、明らかな誤診であった症例を除くと、ユーイング肉腫症例17件が残り、この17症例を基に、本論文が書かれている。

ユーイング肉腫診断の基準が明確化されていなかった以上、医師の間で、ユーイング肉腫診断に、混乱が生じていたことはやむを得ないことではありますが、彼らが再調査した症例の中でも、組織標本の量・質不足を含め、実に10例に不備、誤診があったことには驚きです。著者らが指摘している通り、当時の医学界で、良く分からない骨腫瘍=ユーイング肉腫、という安易な判断に陥ってしまう構図ができあがりつつあり、このままではいけないと、注意喚起しています。

次に細胞形態についての彼らの観察ですが、

腫瘍細胞は、明瞭に分断された細胞境界に欠き、核は密集し、かなり均一である。また、核は円形か卵円形で、リンパ球核の二倍程。繊細に分かれた、または粉状のクロマチン、しばしば、一個か複数の核小体。

一方で、Dr. Ewingによると、腫瘍細胞は、多角性の小細胞、淡明な細胞質、濃染性小型核、明瞭な細胞境界、と記述されており、特に、核と細胞境界に関する記述に相違が見られます。著者らの詳細な観察によると、腫瘍組織の中には、変性や壊死といった二次性変化を伴った領域が存在するので、腫瘍に特徴的な病巣部を、注意深く観察し記述しなければならない。Dr. Ewingによる腫瘍組織の記述は、おおよそ、この二次性変化が生じた腫瘍部位の描写に近い、と述べています。驚くべきことに、Dr. Ewingの描写した腫瘍細胞が、実は変性や壊死した腫瘍細胞を記述したものだと指摘しています。

更に、Dr. Ewingの記述する腫瘍細胞の血管周囲配置について、

もし、出血巣にある腫瘍組織が壊死していなければ、血管が腫瘍細胞に取り囲まれていることが分かる。しかし血管腔は腫瘍細胞には覆われておらず、血管壁に特徴的な組織が、別に存在する。

血管周囲配置のように見える構造は、出血巣に関連してみられるものであり、腫瘍細胞が血管内皮細胞に分化し、血管腔を形成しているのではないか、というDr. Ewingの主張を否定するものです。この辺りの記述は、vascular mimicry(血管擬態)の関連性から見ると、非常に興味深くはあります。

著者らは本文で、ユーイング肉腫との鑑別診断における問題で、他の腫瘍を例に挙げていますが、ここでは神経芽腫に目を向け、ユーイングの肉腫に関連する、骨性転移を伴う神経芽腫の問題、を見てみます、

ColvilleとWillisによる1933年の最初の報告以前は、骨のユーイングの肉腫と考えられる症例で、神経芽腫の骨性転移である可能性を排除すべきであるという点が適切に強調されていなかったようである。

実際は転移性神経芽腫である骨病変を生検のみで判断してはならないという点で、Willisが正しかったことに疑いは生じ得ない。

と、Dr. Willisの批判が適切であったこと、注意深い剖検無しでは、転移性神経芽腫かユーイングの肉腫かを確定診断することはできないという彼の主張に同調すると述べた上で、

生検をもとに診断された我々の13例に関し、全症例に渡る細胞タイプの均一性と4例の剖検で見られた細胞タイプの類似性からすると、全ての症例を転移性神経芽腫として扱うことはできなかっただろうと推測することには、合理性があると確信する。この推測は、もし以下の事柄を心に留めれば、より一層正当的に見える:全ての症例で、神経芽腫に古典的に見られるロゼットが見られなかった。もし、神経芽腫の転移であったとするならば、原発巣はもっとおとなしかったはずであるし、全病変の細胞は成熟(分化のことでしょう)、しかも神経芽細胞レベルにのみ成熟していた筈である。一例を除く全ての患者は8歳を超えていたが、大多数の神経芽腫の患者は、この年齢以下で見られる。

と、Dr. Willisの人柄を知ってか知らずか、何とも遠い言い回しを使って、やんわりとDr. Willisの主張を否定しています。

最後に、個人的には、どことなく判決文のように見えますが、要約と結論(ブログ本文中で触れていない部分もあります)、

 本研究は(17症例に基づき、その内の4例は剖検に供された)骨に生じる原発性悪性腫瘍で、Ewingにより見出され、(ユーイングの肉腫と呼ばれている)腫瘍本体の存在を支持するものであり、これはEwingの先駆的努力によるものなので、本腫瘍には、ユーイングの肉腫が適用されるべきである。

Dr. Willisの主張を退け、やはり、ユーイング肉腫は一腫瘍として見なされるものであり、名称もDr. Ewingの功績により、ユーイングの肉腫と呼ばれるべきある、と主張は明確です。

骨原発の特異的悪性腫瘍であること、腫瘍細胞が骨形成能を示さないという事実を超えて、その組織由来に関して、学ぶべきことが未だに多い。我々のサンプルを用いた細胞形態学的研究では、Ewingの、腫瘍細胞が毛細管または血管(または血管周囲)の内皮に由来する、という主張を支持しない。

血管が高度に侵入した腫瘍組織では、特に出血の結果、頻繁に毛細管腔またはより太い血管腔に、いわゆる血管周囲配置する腫瘍細胞が見られるが、これは、ユーイングの肉腫に特異的細胞学的特徴ではない。また、時折(血管周囲ではないが)腫瘍細胞が輪状様配置をすることがあるが、これは、中心に位置する細胞の変性によるもので、その影を認知することができる。そのような配置は、神経芽腫のロゼット又は偽ロゼット形成と共通するものは全くない。

我々の考えは、ユーイング肉腫細胞が骨髄の支持骨格(細網組織)から由来するという、Oberlingのものに近い。その支持骨格は、間葉系または原初的な結合組織と考えられる。Ewingは、腫瘍細胞を多角性の小型細胞、淡明の細胞質、濃染性小型核、明瞭な細胞境界を持つと記述した。しかし、新鮮で良好に固定、染色された腫瘍組織を用いて明らかにされたように、細胞の典型像は、実際には、細胞間境界不明瞭で、腫瘍細胞には、細胞質がほとんどなく、かなり大型な、円形または卵円形核と繊細に分かれたクロマチンを持つことが見出された。それでも、生検標本からユーイングの肉腫の診断を下すことは、たとえ、標本が外科的切開から得られたものでも、腫瘍組織に生じた二次変化により、時には難しいものである。腫瘍特徴的な構造を示す細胞領域は、時には何度も切片を作製し調べられた後に初めて分かるものである。

この辺りは、Dr. Ewingの記述や主張と決定的に異なるもので、現代のユーイング肉腫像により近いものです。

生検によるユーイング肉腫の診断は、転移性神経芽腫または未分化上皮性腫瘍の可能性を考慮せずに、なされるべきではない。そのような別の可能性として、骨原発性細網細胞性肉腫、ホジキン病、悪性リンパ腫、更には骨髄腫を消去しなければならない。もし、ユーイングの肉腫が疑われる患者において、リンパ節腫大が触知される場合(病変骨近辺、または他の部位)、これらも他腫瘍の可能性を考慮して、解剖学的に検査されるべきである。少なくてもユーイングの肉腫の初期においては、リンパ節が侵されていることは普通はない。

臨床学的側面では、我々の症例では、大多数の患者が二十代であることが分かった。臨床歴からすると、外傷が要因となって腫瘍を引き起こすわけではなさそうである。大多数の症例では、胴体部の骨に腫瘍病変が存在していた。腫瘍骨病変に、診断的に価値のある、典型的ではないが、腫瘍特徴的なレントゲン像が見られるという考えを支持する証拠を見つけることはできなかった。

ユーイングの肉腫の予後は、陰鬱なもので、我々の症例では、17名のうち1名のみが存命であり、この1名は経過観察開始からわずか5ヶ月間しか経っていない。発熱、二次性貧血、血液沈降速度の増加は、病気の進行が劇的であることを明示しており、数ヶ月内に死に至る。放射線治療は、しばらくの間、顕著な局所的な緩和効果をもたらすが、単独では、最終的問題(患者の生命)に関する限り、ほとんど希望をもたらすことはない。放射線治療と外科の併用療法は、良好な症例では、より有望であろうが、その効果を明確に示す、十分な臨床試験はまだ行われていない。

臨床学的記述には、Dr. Ewingによるものと大きな違いはありません。化学療法が行われていなかった当時の医療では、放射線治療や外科的切除といった局所治療が、主な治療法であり、予後も現代とは比較にならないものだったようです。

Dr. Willisらの批判により、再考されることとなったユーイングの肉腫。Dr. LichtensteinとDr. Jaffeによる、彼らの経験した症例の詳細な観察とDr. Ewingの記述や考えに対する鋭い批判により、ユーイング肉腫の特徴が、おぼろげながら再構成されてきたようです。

光学顕微鏡による腫瘍組織の観察のみで、腫瘍診断の体系を作り上げてきた先達には全く頭が上がりません。しかし、ユーイング肉腫診断において、光学顕微鏡による観察に限界があることも、本論文を通して良く見て取れます。より詳細に腫瘍細胞を観察、鑑別するために、今後、様々な手法が確立されて行くことになるのです。

 

 L. Lichtenstein and J. L. Jaffe

"EWING'S SARCOMA OF BONE"

The American Journal of Pathology

1947;23(1):43-77.