ユーイング肉腫

ユーイング肉腫について、原典を通して知るためのブログ

忘却の彼方より②

時代が早かったとか遅かったとか、そんなことはどうでも良いのさ。

引き続き時代は遡り、1890年、ゲッティンゲン、Dr. Hildebrandによる報告です。"Ueber das tubuläre Angiosarkom oder Endotheliom des Knochens."(骨の管状血管肉腫または内皮腫について)。本論文の冒頭では、AngiosarkomとEndotheliomの名称の用い方、定義について、これまでの文献を参考に整理されています。主題は、「管状」を示す血管肉腫あるいは内皮腫にあり、この様な腫瘍は非常に稀にしか見られないもので、通常は軟部組織に生じるのに対し、Dr. Hildebrandの経験した症例は骨に生じる、ほとんど知られていないものだったことが、本論文を発表した理由のようです。この中で紹介されている症例が以下です、

1889年6月中旬、45歳、男性農場主。前年の秋より、右上腕部に痛みを感じる。幼少期に起きた肘関節の骨折部に近い部位。12月、上腕下部に腫れが生じる。14日後、ちょっとした衝撃で自然骨折を起こす。腫瘍の表面は滑らかで、ある部位は骨のように硬く、またある部位はとても柔らかい。上腕骨肉腫の診断が下され、6月18日、麻酔下で断肢術。経過良好。7月8日退院。

肉眼所見、

腫瘍の大きさは子供の頭程あり、上腕骨中部から下部三分の一辺りで腫瘍が始まり、正常な骨とは明瞭に分離している。下部は、骨端を渡ってはいるが、関節部そのものは侵されていない。上腕骨関節の軟骨は正常。

腫瘍を正面方向から切断すると、中位にリンゴ大の空洞があり、凝固した血液とフィブリン繊維で占められているように見える。骨は、本来存在すべき部位が消失している。腫瘍壁は、骨膜と近傍の筋層から形成され、骨の板によって増強されている。

顕微鏡所見、

柔らかく半液体状の腫瘍部位では、血液状という予想に反し、多量の赤血球を含む中、腺房の横断面を思わせる構造である。しかし、これらは放射状に配置した柱状の細胞が(環状の)冠を形成しており、大きさはまちまちだが、顕著な内腔を取り囲んでいる。より詳細に観察すると、細胞は一部、より紡錘形を取っており、核はほぼ中心に位置している。本構造は、内腔に向かって、かなり明るい薄い膜で区切られている。細胞は膜に接っしており、周囲には固有膜のような境界がなく、腫瘍のいくつかの箇所では、これらの細胞に囲まれた内腔には、疑いなく多数の赤血球が含まれている。そのため、腺房横断面との類似性は完全に消え、血管から生じた腫瘍を想起しなければならなかった。

腫瘍の硬い部位では、おおよそ胞巣状構造を示し、外側壁から内側へ隔壁が伸びている。この構造は、横断あるいは縦断された血管からなり、密集した細胞のマントに覆われている。いくつかの部位では、この細胞マントに外側から、より円形の細胞塊が接続している。血管はたいてい長く伸び、分枝しており、この枝分かれ全てに細胞が沿っている。腔径は様々だが、たいてい毛細血管である。血管に沿った細胞は、柱状から紡錘形で、一部非常に大型で、また非常に大型の核を備えている。幾らかの部位では、血管周囲に冠状に配置している細胞が硝子変性しており、膨張したように、より円形となっている。原形質は一様に硝子状である。直接血管に付随していない部位では、細胞は紡錘形を失い、より円形となる。

顕微鏡所見では、腫瘍細胞が血管と密接に関連していると明確に記述されています。腫瘍細胞の形態に関しては、腫瘍細胞と非腫瘍性細胞の区別が明瞭ではないものの、血管周囲では、主に紡錘形を示すが、血管から離れるにつれ、より円形となるようです。

考察をまとめると、

正にこの、紡錘形細胞が、規則的に血管周囲に放射状に配置していることが、私には、腫瘍細胞が血管壁、特に血管周囲内皮由来である関連性を証明しているように思われるのである。

Dr. Hildebrandが指摘している紡錘形細胞が、果たして非腫瘍性の血管内皮細胞の増殖なのか、はたまた腫瘍細胞そのものなのか、確かめることはできませんが、Dr. Hildebrandは、紡錘形細胞の増殖が腫瘍細胞の本体であり,血管内皮がその由来であろうと考えています。また、

なぜ、血管周囲で、細胞がこのような特徴的な紡錘から柱状の形態をとり、放射状に配置しているのかは、推測しかできないが、増殖するのにより抵抗が少ないようになっているのだろう、と述べています。この部分は、偽ロゼットの形成メカニズムの推測と考えられますが、足がかりとなる根拠はなさそうです。

考察の中で、Dr. Hildebrandは、これまでの報告を検索した結果、本腫瘍と組織病理学的に類似性のある症例が、既に報告されていると述べています。この中には、前述のProf. Lückeの報告も含まれていますが、以下、その他の報告を数例、簡潔に取り上げます。

Billrothによる報告。中年の男性、脛骨下部、脈動する骨腫瘤、脛骨骨髄全体に浸潤し、一部骨吸収を起こしている。この中で、Dr. Billrothは、血管により形成された胞巣状構造を伴った円形細胞肉腫、と明記しています。また同様に、脈動し、組織病理学的に類似した腫瘍で、骨盤に生じた症例も経験したと記載されています。

Jafféによる報告。25歳男性、半年のうちに、左腸骨の腫瘍がこぶし大まで大きくなる。腫瘍は脈動し血流のような音が聞かれるので、電気穿刺を行うも効果なし。部分切除。死亡。肺、胸膜に多数の転移巣。腫瘍は顕微鏡的に、胞巣状構造をしており、大きな胞巣はそれぞれ、血管による繊細な編み目を受けている。この編み目の中身は、大きな円形細胞により形成されている。血管横断面では、細胞が血管周囲に、3から5列、冠状に配置しており、一列、二列目の冠は非常に緊密に血管壁と付着している。この様な腺房構造の他に、柱からひも状をした円形細胞の列が見られる。この中には明らかに赤血球を豊富に含んだ血管壁構造が見られる。ここでも、3、4列に、血管に並列した円形細胞が見られる。

Rustitzkyによる報告。47歳男性、約一年経過で、右側頭にこぶし大の脈動する腫瘍が生じる。病理解剖で、肋骨、胸骨、椎骨、上腕骨骨髄に転移が見つかる。顕微鏡的に、腫瘍細胞はリンパ肉腫様で、無色の赤血球に例えられる。毛細血管のみならず、より太い血管においても、この円形細胞が壁構造を形成している。

上で取り上げた3例は、「円形細胞」が腫瘍の本体であると明記されているものです。Dr. Hildebrandは、他に、他報告者による3例の症例を取り挙げていますが、それらは特に、腫瘍の「管状」構造を指摘するものです。上記3例で、円形細胞腫瘍あるいは円形細胞肉腫という語が登場してるものの、考察の中では、「円形」という腫瘍細胞の形態には、特に重点が置かれていないようです。Dr. Hildebrandは、あくまでも腫瘍細胞と血管との関連性、更に腫瘍の「管状」と血管形成という組織病理学的構造に興味を示しているように思われます。

Dr. Hildebrandによる本論文は、血管肉腫あるいは内皮腫の管状構造に着目した内容で、一見、ユーイング肉腫とは関連がなさそうに思われましたが、本論文報告の約30年後、Dr. Ewingが、彼の遭遇した肉腫が内皮由来であるかもしれないと考える根拠となる組織病理学的構造が、ここに記載されていました。更に、組織病理学的に類似した腫瘍に関する文献を参照することで、Prof. Lückeの報告を含め、Dr. Hildebrandによる報告以前にも、ユーイング肉腫を思わせる症例報告があったことが分かります。患者の年齢が比較的高いという点では、ユーイング肉腫の一般像に反するものの、臨床像、組織病理学的にユーイング肉腫に類似する報告が、19世紀中頃から後半にかけて、既に報告されていたという事実は驚くべきものです。Dr. Ewingも、Prof. LückeやDr. Hildebrandの論文を参照していたのでしょうか。

 

Hildebrand

"Ueber das tubuläre Angiosarkom oder Endotheliom des Knochens."

Deutsche Zeitschrift für Chirurgie

1890;31:263-281