ユーイング肉腫

ユーイング肉腫について、原典を通して知るためのブログ

ユーイング肉腫はマゼンタ色に染まる

ユーイング肉腫は砂糖好き?

病理学的腫瘍診断で、光学顕微鏡を用いた、腫瘍組織と細胞の形態観察が主流であった時代、病理医には、職人的観察眼と鋭敏な「みる」センスが求められたものと想像されます。この形態観察は、現代でも病理学的腫瘍診断の基礎となるものですが、本手法のみでは、腫瘍を鑑別するには限界があることも見えてきました。Dr. Willisによる、剖検なしでユーイング肉腫を確定診断することはできない、つまり、患者が亡くなってからでないとユーイング肉腫だと確かに診断することができない、という指摘は、正に当時におけるユーイング肉腫診断の困難さを物語っています。

1959年、アルゼンチン、ブエノスアイレス。Dr. Schajowiczによる報告です。"Ewing's Sarcoma and Reticulum-Cell Sarcoma of Bone WITH SPECIAL REFERENCE TO THE HISTOCHEMICAL DEMONSTRATION OF GLYCOGEN AS AN AID TO DIFFERENCIAL DIAGNOSIS" (ユーイングの肉腫と骨の細網細胞肉腫、特に鑑別診断補助としての組織化学的グリコーゲン証明に関連して)

細網細胞肉腫は、前回紹介の論文でも、ユーイング肉腫と鑑別が必要な腫瘍の中で、その名は登場していました。本論文では、冒頭で、細網細胞肉腫は、Parker とJacksonによって、臨床的、病理学的にユーイング肉腫とは異なる腫瘍であると指摘されたものの、当時の多くの病理医にとって、両者の鑑別は困難であること、細網細胞肉腫の予後が、ユーイング肉腫や他の骨性肉腫よりも良好であることから、両者の鑑別が、学問的以上に、臨床的に重要であると述べられています。細網細胞肉腫は、現代では明確にリンパ腫に分類されますが、腫瘍細胞の形態が、両者共に円形であるために、骨に発生した場合、形態学的に鑑別することは、当時では困難だったようです。

さて、本論文の結果と結論は、非常に明快です。McManusまたはHotchkissによる手法で、組織化学的に腫瘍細胞中のグリコーゲンの存在を調べると、調査されたユーイング肉腫8例では、細胞質に豊富なグリコーゲン顆粒が認められる一方、9例の細網細胞肉腫では、どの症例もグリコーゲン陰性だった、という結果です。そして、組織化学的グリコーゲン証明により、ユーイング肉腫と骨の細網細胞肉腫を簡易かつ効率的に鑑別することができるので、是非、本手法の使用を検討するべきである、という結論です。これまで、何時間も顕微鏡を覗き、一体どの腫瘍なのかと眠れぬ夜を過ごしていた病理医にとっては、本論文は衝撃だったに違いありません。

このMcManusとHotchkissによるグリコーゲン証明法は、現在ではPAS染色と名前を替え、実際にユーイング肉腫診断にも使用されている手法です。グリコーゲンは、グルコースを鎖の様に連ねたもので、言わば、糖の塊と言えます。本手法は、グルコース残基がアルデヒドに変化し、それがシッフ試薬と反応することで発色されるという原理なので、グリコーゲン以外にも、グルコース残基をもつ糖タンパク質や糖脂質も陽性となります。従って、PAS染色陽性、即ちユーイング肉腫であると言うわけではありません。因に、本論文に掲載されている写真は、白黒なので見て取ることはできませんが、PAS染色陽性例は、鮮やかなピンク、マゼンタまたは紫色の色調を呈します。

ユーイング肉腫の腫瘍細胞に豊富なグリコーゲンが存在する点ですが、これは腫瘍生物学的に、新たな疑問を投げかけます。グリコーゲンは自動的に、あるいは二次的に貯蔵されているだけなのか、それとも能動的機構により腫瘍細胞がグリコーゲンを貯蔵し利用しているのか。非常に興味深い所です。

さて、本論文はとても簡潔ですが、実は病理学におけるパラダイム転換と言って良い程の大転換を描出しています。つまり、形態学的観察から組織化学的手法の活用という転換です。この二つの手法は相反するものではなく、タンデムとして成立するものですので、形態学的観察が、組織化学的手法により駆逐されたという意味ではありません。病理学に組織化学的手法が導入されることにより、Dr. Schajowiczの主張通り、腫瘍診断が簡易、効率的に、更には正確かつ詳細に行うことが可能になるのです。

 

F. SCHAJOWICZ

"Ewing's sarcoma and reticulum-cell sarcoma of bone; with special
reference to the histochemical demonstration of glycogen as an aid to
differential diagnosis."

The Journal of Bone and Joint Surgery. 1959 Mar;41-A(2):349-56 passim.