ユーイング肉腫

ユーイング肉腫について、原典を通して知るためのブログ

第三の選択肢 化学療法

毒がもたらした光の兆し

1967年、アメリカ、ニューヨーク。Dr. PhillipsとDr. Higinbothamによる臨床報告です。"The curability of Ewing's endothelioma of bone in children."(小児におけるユーイングの骨性内皮腫の治癒可能性)。1949年から1959年の間、メモリアルホスピタル骨外科に、登録され、治療を受けたユーイング肉腫患者の情報を整理していた著者らは、驚くべき事実に気がつきます。この10年間で登録された54名の患者の内、13名が5年を超えて存命していたのです。当時、ユーイング肉腫患者の5年生存率は10%以下と報告されていたので、これは予期されていなかった予後の改善です。

本報告の中に、各患者の転移発生時期が記録されており、54名の患者の内、10名は診断時に転移が認められていました。転移発生時期が記録されていた他の42名の患者の内、診断後一年目に28名で、二年目に6名で、三年目と、四年目にそれぞれ4名で、転移が確認されており、四年目以降に転移が認められた症例はなかったと報告しています。診断後12ヶ月のうちに、52%の患者で遠隔転移が発生していたという事実から、著者は、断肢という浸襲性の極めて高い治療は適用されるべきではない(ギャンブルである)と指摘しています。つまり、ユーイング肉腫は転移性の極めて高い腫瘍で、全身的に治療ができない以上、局所治療は侵襲性のより低い、放射線療法を選択すべきだという見解です。実際、1949年から1959年の間、治療の第一選択肢は放射線療法であって、予後の改善には、照射野の拡大や照射強度を高めるといった放射線療法の発展が大きく寄与していると、著者は考察しています。

さて、注目すべき点ですが、1949年から1959年の間、既に化学療法が開始され、大部分のユーイング肉腫患者に投与されていたようです。但し、投与プロトコルが規定されておらず、化学療法の効果がどの程度予期されていたのかは不明です。この中には、ナイトロジェンマスタード、コーリーの毒(コーリーの毒は化学療法剤には含まれませんが)、アクチノマイシンD、トリエチレンメラミンが含まれています。著者は、化学療法の併用が、ユーイング肉腫患者の予後の改善に寄与したと信じるが、この期間、化学療法剤は一定の投与プロトコルに基づいて投与されていなかったので、化学療法併用の治療価値について明確なことは言えない、としています。

興味深いことに、この報告の段階で、腫瘍の遠隔転移が確認されていた2名の患者で、それぞれ16年間と9年間、完全寛解、無転移の状態が維持されているという記述があります。既に遠隔転移が存在していたことを考慮すると、この事実は放射線療法の改善のみでは説明できないように思われますが、著者の考察通り、化学療法の効果について結論を下すには、更なる検証が必要のようです。

また、本報告で見落とすことができない点として、以前と比較して予後の改善が認められたものの、1949年から1959年の10年間では、54名のユーイング肉腫患者の内、35名は二年以内に亡くなっていたという厳しい事実が明示されています。

翌、1968年、アメリカ、メンフィス。Drs. Hustu, Holton, James, Pinkelによる、わずか3ページですが、とてもインパクトのある短報です。"Treatment of Ewing's sarcoma with concurrent radiotherapy and chemotherapy."(放射線と化学療法併用によるユーイングの肉腫の治療)。先のDr. PhillipsとDr. Higinbothamによる報告を受け、彼らが報告した患者の多くは、メクロレタミン(ナイトロジェンマスタード)を含む化学療法を受けており、化学療法の併用が、ユーイング肉腫患者の予後改善に寄与した可能性があると、著者らは化学療法併用の持つ可能性について指摘します。

本報告の冒頭部で、1960年初頭から、ビンクリスチン、シクロフォスファミドによる抗腫瘍効果が報告されはじめたことが見て取れます。また、放射線と化学療法の併用を行う合理性として、放射線による局所的抗腫瘍効果に化学療法剤が相加作用を示す可能性、診断時には腫瘍細胞が既に遠隔に播種しているだろうという仮説、遠隔転移が発生するリスクは、診断後一年目に最も高いという事実を挙げています。

注目すべきは、これまでの外科的または放射線療法では、治療できる範囲が原発腫瘍という局所に限定されていたものの、化学療法の登場により、治療効果を全体に作用させられる可能性が出てきたことでしょう。以前は治療する術のなかった、微小な転移巣や血液中に存在する可能性のある腫瘍細胞も治療ターゲットに入ったことを示す、腫瘍治療における偉大な一歩と言えるかもしれません。

著者らは過去三年間で、5名のユーイング肉腫患者に、放射線療法、ビンクリスチンとシクロフォスファミドを用いた化学療法を併用した治療を行いました。結果、報告の段階で、全患者で腫瘍の完全寛解、無転移状態を12から38ヶ月間維持できており、本治療の有効性を判断するには時期早尚であるのは承知の上で、適用を拡大すべきだと主張しています。

この治療結果は確かに目覚ましいものであり、著者らの主張にも頷くことができます。事実、ビンクリスチンとシクロフォスファミドは、他の腫瘍も含め、現在のユーインング肉腫治療においても現役であり、その有効性が1960年代後半で明らかにされつつあったということです。

これら二本の報告から、腫瘍治療において、外科的療法、放射線療法といった局所療法の確立後に、化学療法という全身療法が可能になったこと、また、これは感じ方にも依りますが、化学療法の歴史が意外と浅いことが分かります。ユーイング肉腫に対する化学療法に使用される主な薬剤は、現在では更に拡大され、前述のビンクリスチン、シクロフォスファミドに加え、ドキソルビシン、イホスファミド、エトポシドが挙げられます。外科的療法、放射線療法といった局所療法に、これら多剤化学療法を加えた集学的治療による、ユーイング肉腫患者の近年の5年生存率は、限局性腫瘍の場合、およそ70%まで上昇していると報告されています。

これら二本の報告とユーイング肉腫に対する現在の治療法を鑑みると、化学療法の導入が、ユーイング肉腫治療において多大な成果をもたらしたことに間違いはありません。しかし、一方で、化学療法には決して軽視することのできない副作用を伴うことも事実です。今回紹介した二番目の報告においても、副作用として、白血球減少症、末梢神経症が言及されています。

医学の父、ヒポクラテスは、患者に害を及ぼす治療を禁じていますが、現代の医療技術では、患者に害を与えずに腫瘍の治療を行うことは、残念ながら不可能です。

20世紀、腫瘍の全身療法を可能にした化学療法。副作用を極力伴わないと同時に、抗腫瘍効果のある全身療法の開発は、ヒポクラテスから与えられた、21世紀を迎えた医学・医療への試練と言えるかもしれません。

 

R. F. Phillips, N. L. Higinbotham

"The curability of Ewing's endothelioma of bone inchildren."

The Journal of Pediatrcs. 1967 Mar;70(3):391-7.

 

H. O. Hustu, C. Holton, D. James Jr, D. Pinkel

"Treatment of Ewing's sarcoma with concurrent radiotherapy and chemotherapy."

The Journal of Pediatrcs. 1968 Aug;73(2):249-51.