始まりは静かに
大切なのは、知りたい人に伝えるということなんだよ。まずは書くことさ。たとえ今は、知りたい人がいないとしてもね。
1918年、アメリカ、ニューヨーク市。Dr. Arthur Purdy Stoutにより、簡素なタイトルを冠する一本の論文が発表されました。"A TUMOR OF THE ULNAR NERVE"(尺骨神経の一腫瘍)。42歳の男性イタリア人労働者に生じた腫瘍に関する症例報告です。
患者の主訴は右腕にできたしこり。受診9ヶ月前、右手小指にしびれを感じる。その後直ぐに、右前腕内側に硬い腫れが生じる。1ヶ月半後、時々激痛を伴うしこりが右脇に生じる。入院2ヶ月前、前腕のしこりに切れ目ができる。その後、前腕と右脇のしこりは急速に増大し、痛みもひどくなる。1917年11月20日、Dr. A. V. S. Lambert執刀による肩甲骨胸部間前腕切除。術創の治りは早く、1917年12月7日に退院。術後17日、首に不明瞭なしこりが感じられる。再発と思われる。
顕微鏡所見。小型円形、比較的均一な大きさの腫瘍細胞。細胞分裂多数、ロゼット形成、結合組織の柱状構造。
一見、肉腫のようだが、顕微鏡所見では、網膜芽細胞腫、三叉神経節腫瘍に類似し、神経鞘細胞由来の腫瘍と示唆される、とまとめています。
Dr. Stoutがこの報告を行った動機の一つに、当時、末梢神経由来の腫瘍に関する報告が非常に少なかったことがあるようです。しかし何とも興味深いのは、Dr. Stoutが、この新規性のある腫瘍に特別な名前を付けることなく、どことなく控えめな姿勢を取っているように感じられることです。
1942年、本論文発表後24年を経て、Dr. Stoutは、Dr. Margaret R. Murrayと共に発表した論文の中で初めて、"Neuroepithelioma"と言う名を登場させるのです。ユーイング肉腫にまつわる波瀾を、彼は既に予期していたのでしょうか?
Arthur Purdy Stout
"A TUMOR OF THE ULNAR NERVE"
Proceedings of the New York Pathological Society
1918;12:2-12