ユーイング肉腫

ユーイング肉腫について、原典を通して知るためのブログ

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網にしろアンテナにしろ意地にしろ、ただ張っていれば良いというわけではないのさ。

1921年、アメリカ、ニューヨーク市。奇しくも(?)Dr. Stoutによりなされた発表と同じ地、同じ専門雑誌に、その論文は報告されました。"DIFFUSE ENDOTHELIOMA OF BONE" (骨のびまん性内皮腫)。Dr. Ewingは、論文の冒頭で、骨形成性肉腫とも骨髄腫とも異なり、起源も本性も分からない、円形細胞肉腫という曖昧な言葉でしか定義できない骨腫瘍に遭遇したと述べています。続いて、一件の症例報告がなされます。

14歳の少女。1918年、先天性梅毒の疑いがあり、かかりつけの医者でサルヴァルサンを処方される。同年11月、ロープを引いている際に、尺骨が自然骨折し、その後腫れが生じるが、徐々におさまる。1919年1月、痛みが再燃。前腕に大きさの変動する腫瘍が生じる。骨形成性肉腫と診断され、八回、コリーの毒を注射されるも、著明な効果無し。4月12日、ラジウムパックを用いた放射線治療。その後、二週毎に、更に二回の放射線治療を受ける。腫瘍は一度に縮退し、5週目の終わりには腫れが見られなくなる。

レントゲン画像では、骨幹病変部の輪郭が滑らかであること、骨形成が見られず、骨の穿孔や侵食も見られないことは骨形成性肉腫に反している。ラジウムを用いた放射線治療に即反応することも、骨形成性肉腫に関する我々の経験と極めて異なっている、とDr. Ewingは述べています。

更に、

もとの医者は、前腕(とう骨)の腫瘍を梅毒のためだとみなし、サルヴァルサンを用いた強力な治療を行うが、重い毒性症状を示す。同時に、腫瘍の再発が疑われる。尿中Bence-Jones蛋白陰性。1920年10月、腫瘍の明確な再発。診断に関する意見の相違があったため、組織生検が行われ、円形細胞の増殖が確認される。頭骨に更なる腫瘍が確認される。レントゲン画像では、肺転移は確認されず。その後、貧血、悪液質が急速に進行。1920年12月23日死去。全期間約30ヶ月。

Dr. Ewingは、過去4ヶ月の間に、他に6人、同じ腫瘍にかかった患者を診察し、何れも14歳から19歳の間に生じていると指摘。病変骨は脛骨、尺骨、坐骨、頭頂骨、肩甲骨。腫瘍の進行はむしろ遅い方で、注意を惹くのに数ヶ月を要するが、痛みや機能不全を伴う。患者であったある少年は、夏の間、運動後の断続的な痛みを訴えるのみだったが、11月、脚の上半部に滑らかな腫れが生じた。腫瘍の何例かでは、大きさが変動し、これは腫瘍内の血流によるものである。見られた症例では、全て痛みを伴い、触感は柔らかであった、と詳述しています。

レントゲン画像の所見では、骨幹に生じていること、骨端は概して侵されておらず、これは骨形成性肉腫の診断ルールに反すること、骨幹は僅かに拡張するが、主な変化はびまん性に広がる、骨構造のゆるやかな衰退であること、骨産生は全く見られず、病変のいくつかは蜂巣状に見られること、骨穿孔に欠き、良性巨細胞性腫瘍に見られる骨膜の肥大と中心性穴抜き像は見られないことから、レントゲン画像所見はかなり特異的である、と述べています。

7件の症例で得られた顕微鏡所見では、構造はほぼ同一で、淡い細胞質を持つ多面性小細胞のシートから成り、過色素性の小型核、細胞境界は明瞭で、細胞間物質は全く存在しない。どの症例でも、肺転移あるいは他部位への転移は見られなかった、と報告しています。

Dr. Ewingは、細胞の形態、特に、幅広いシートを形成する多面性の腫瘍細胞と、細胞間基質が見られないことから、この腫瘍が内皮由来であると推測しています。彼は、ある症例で、腫瘍細胞が未変性赤血球を囲む微細な管を形成するように配置されているのを観察し、内皮性腫瘍であることに強い確信を持ったようです。

以下、彼の考察です。

正確な発生源は不明であるものの、早期に骨の希薄化が見られることからすると、骨組織の血管から生じたと考えられる。ただし、早期あるいは同時期の、骨髄内の管組織の関与も排除できない。骨髄内の特有な細胞に由来する腫瘍に骨髄腫(Myeloma)という名が適用されるので、骨髄腫(Myeloma)ではなく、内皮腫(Endothelioma)という名称が良いだろう。

内皮性腫瘍と形質細胞または多発性骨髄腫との関連性は一考に値するが、今回の症例では、切片上に形質細胞は見られず、Bense-Jones蛋白も検出されていないこと、多発性骨髄腫では、急速に骨穿孔を生じ、骨を完全に破壊するのに対し、本症例の腫瘍はゆっくりとびまん性に骨の希薄化が生じることから、二者は別の過程を持つと示唆される。

この腫瘍と血管内皮腫あるいは他の内皮腫との関連はあると推測されるが、これらの腫瘍は、文献上確認される限り、ほとんどの場合、大人に生じ、明らかに内皮腫と認識できるのに対し、本症例は、全て子供に生じており、一例を除いて弧在性であった。

結論として、

主要な点は、若年者によく見られる腫瘍で、一般に骨形成性肉腫と同一視され、円形細胞肉腫と呼称されているが、実際は内皮由来であり、特有の解剖学的、臨床的、治療反応性の特徴を備えている、骨由来の特異的な腫瘍疾患が存在する、

と注意喚起をしています。

結論部の、「若年期に見られるが、骨肉腫(骨形成性肉腫)とは病理学的にも臨床的にも異なる、別の腫瘍である」こと、特に臨床学的に、「骨肉腫に反して放射線治療に良く反応する」ことは、偏に、Dr. Ewingの慧眼と腫瘍学に関する広範な知識があったからこそ指摘できたものでしょう。

特に、本腫瘍が放射線治療に良く反応することは、臨床学的に極めて重要だったようです。当時、一様に骨肉腫と考えられてきた腫瘍に対する治療は、断肢術しかないと考えられていたからです。

 

James Ewing

"DIFFUSE ENDOTHELIOMA OF BONE"

Proceedings of the New York Pathological Society

1921;21:17-24